諒一の入院生活も終盤を迎える頃

何時ものように、ショウと病室で他愛の無い話をしている所に

 

プルルルルル♪ プルルルルル♪

 

室内の電話が鳴り響いた。

「はい」と答えたショウの表情が、

電話の相手との、やり取りで、剣呑な表情に変わっていく。

「解りました、直ぐに伺います」

受話器を置いたショウは、

「先生、一寸急用が出来て、一度本部の方に行かなくてはならなくなりました。」

「うん、気にしないで行って来て」

「先生、くれぐれも病室から出ないで下さいね!」

「えっ! あ解った。病室から出ないでいるよ」

「先生、本当に出ないで下さいね。清和さんが心配しますから」

「解っているよ、ほら〜急いでるんでしょう? 気を付けていってらっしゃい」

諒一に笑顔で見送られたショウは、

電話で呼び出した相手のもとへと急いで出かけて行ったのだった。

病室に一人残された諒一は、と言うと舌の根も乾かないうちに

『気分転換を兼ねて売店にでも飲み物を買いに出かけようか』と、考えていた。

入院してから一歩たりとも病室から出して貰えなかった諒一は、

いささか退屈していたのかもしれない。

ショウとの約束をさっさと忘れ去り、忘却の彼方へ押しやった諒一は、パジャマの

上に上着を纏っただけの姿で病室を抜け出した。

この表現が一番的確であろう。

勝手知ったる病院の廊下をゆっくりと歩きながら、売店へと向かっていた諒一の目の

前に、大きな花束を抱えた長身の男性が颯爽と歩いていた。

『凄い花束だな〜。あんな大きな花束幾ら位するんだろう?』

倹約に勤しむ諒一にしてみれば、何故か気になることなのかも知れなかった。

売店の中を、暫く物色して目当ての、飲み物を買いもとめた諒一が売店から一歩足

踏み出した所で、ドンと何かにぶつかった。

「すみません、大丈夫ですか?」

慌てて諒一は、ぶつかったであろう男性の顔を見る事無も無く、謝罪の言葉を掛けた。

しかし、帰ってきた言葉は・・・

「いいえ、こちらこそ失礼しました、そちらは大丈夫ですか?」

諒一が、大丈夫ですと男性に顔を向けると

「奇遇ですね、こんな所でお会いすなんて」

優しい笑みを浮かべて、話し掛けて来るこの男性は、諒一が先程、見掛けた両手で抱

える程の大きな花束を持っていた男性であった。

「僕が誰か、解りませんか? 先日、僕のお店にいらっしゃって、リングとチェーンをお買い求め下さったではないですか、その節は、本当に有り難うございました。」

と微笑んで頭を下げられて、始めて彼が、諒一が片時も外す事無く身に付けている

リングを買った時の販売員だと気付いたのだった。

そう名前は確か『結城』と言ったはずだ。

諒一が思い出すのに意識を巡らしている側から

「今日は、誰かのお見舞いにでもいらしたのですか?」

問いかける結城に、曖昧な返事を交わした諒一の姿に気付き

「失礼しました、ご入院なさっているんですね。気付かず申し訳ありませんでした」

深々と頭を下げながら結城は、心の中で

『これはチャンスか? もう二度とこの人とは出会えないと思っていたのに、天は我をまだ見放してはいなかった。まだ諦めるのは早いと、この人にアタックしろと、俺のために神様がくれたチャンスなんだ!』と、

自分勝手な妄想に耽っているこの男性

名前は『結城 仁』高級宝石店の販売員で、落ち着いた栗色のサラリとした髪をして、

キリッとした眉、二重の瞳は見る者を惑わす様に妖しく輝き、すっと通った鼻梁に、

引き締まった口元、その上長身でバランスの取れたプロポーションは完璧。

誰もが振り返る美丈夫が、一目惚れしたのが、何と・・・・

今、目の前で無防備に佇んでいる諒一であった。

結城は、清和が二人の結婚指輪を買う為に訪れた宝石店の販売員で、店内に入って来

た諒一に一目ぼれしてしまったのである。

指輪を勧めながら、さりげなく諒一にアプローチを掛けていたのだが・・・

相手が悪かった、諒一にその思いが伝わる事も無く、尽く惨敗した挙句に!

清和が、結城に牽制をかけていたのにも拘らず、無謀にも略奪を考えたのだが!

その矢先、諒一の相手が『真鍋の昇龍』だと聞かされ一時は諦めようとしたのだが・・・

元来、結城からは、この容姿故に、『ふられる』『諦める』と言う言葉が、欠落してしまっているのかもしれない・・・・

諒一の相手が『眞鍋組の二代目』と知っていて、尚且つ、『チャンスだ!』との台詞を

吐けるのだから大した者だ。

「いいえ、お気遣い無く。もう直ぐ退院出来る筈ですから」

諒一は、のほほんと答えていた。

だが、結城は・・・

その言葉を聴きながら、『入院中かそれなら、また会えるチャンスはある!』

真鍋組第三ビルの最上階に、二人で暮らしている事は調べれば直ぐに解ったが。

構成員渦巻く関連ビルには、おいそれと立ち入ることは出来ない、が、この病院内な

ら、誰でも気軽に立ち入れ、『お見舞い』と称して口説く事も出来ると考え、心の内で

含み笑いを堪えていた。

「そうですか、もう直ぐ退院ですか?そうだ、これをお見舞として受けとって下さい」

手にしていた大きな花束を諒一に差し出した結城は、諒一の手にその花束を押し付け

ていた。

「こんな立派な花束、受け取れませんよ、それに・・これ誰かのお見舞いに持ってきたのではありませんか?」

諒一の言う通りであろう、病院に花束を用も無く持って来る者は居ない。

「いいえ、お見舞いに来たのですが既に退院されていたようで・・・この花束の行き先が無いのです。宜しければ受け取って頂けませんか?」

これは真っ赤な嘘だった。けれど、見舞いの相手よりも、今は、諒一の方が大切な

結城の策略的な台詞であった。

「そうなんですか、それなら頂こうかな?こんな綺麗な花がゴミだなんて可哀そう」

誰も、ゴミにするなんて一言も言っていないが、それは聞かなかった事にして、

「そうです、受け取って下さい。」

「じゃ〜ぁ、お礼に部屋でお茶でも飲みませんか?」

結城を病室に誘って歩き出す諒一の姿を横目に見詰めながら、今後の展開に頭脳をフ

ル回転させている結城であった。

頂いた、抱えるほど大きな花束を持ち病室に帰る途中で、総合受付で働いている久保

田に気付いた諒一は

「久保田さん、このお花少しそのカウンターに飾りませんか?」

「えっ、氷川DR凄い花束ですね!本当に、宜しいのですか?」

「僕も、頂いたのだけど、こんなに沢山のお花を生ける花瓶なんてありません」

「そうですか・・・じゃぁ少し分け下さい」

「今から一緒に病室まで行きませんか? ここでお花、分けることも出来ませんし」

諒一の言葉に、受付に座っていた女性が、久保田の背中を乱暴に叩いた。

どうも花を、分けてもらって来いとの、指示らしい・・・

「氷川DR、分けていただけるのなら、ご一緒します」

久保田は諒一と結城の後ろについて歩き出した。

外科の外来前を通り過ぎようとしていると、診察室から、深津DRが顔を覗かせた。

深津は、諒一と薫が連れ添って歩いている男性に目を留めた。

洗練された美形の男性が両手に花?状態で病院の廊下を闊歩しているのだ。

恋愛対象にされるのが嫌な深津が、恋人のカモフラージュとして薫を使ってはいるが、

決してそれだけの感情では、無いのかもしれない・・・

目の前の男性が、薫と連れ添って歩いているのが気に入らなかったのだ。

「氷川DR、薫くん、お揃いで何処に行くのですか?」

冷ややかな視線で傍にいる男性を見据えながら問いかけた深津DRに

「いいえ、こんなに沢山のお花を頂いたので、総合受付のカウンターにも、お裾分けしようと思って病室に帰る所なんです。」

状況を把握していない諒一が、うれしそうに花束を差し出していた。

「花も良いですけど、薫くん。仕事はどうしたのですか? レセプトの問い合わせに来るとの話ではなかったのですか?」

苛立ちを含んだ語彙で薫に詰め寄った深津に

「申し訳ありません、僕が氷川さんにお茶に誘われたもので、強引に久保田さんもお誘いしたのですが、いけなかったようですね。」

愁傷に頭を下げた男性が、言葉通りに思っていないのは深津にもわかった。

明白な怒りを感じさせる態度で

「薫くん、直ぐにカルテを持って来ていただけませんか、仕事が進みません」

「はい、済みません。直ぐにカルテを持って伺います」

深々と頭を下げ謝罪した久保田と、深津の剣呑な空気に諒一は

「外来の窓口にもお花、如何ですか?深津DR」

二人の仲に割って入ったのだったが!

「そんな花は、いらない!」

深津に、言葉荒く言い捨てられ、差し出した花束を振り払われた諒一は、足元がふ

らつき自分の体を支える事が出来ずに、その場に倒れ込んでしまった。

「うっ、痛い!」

小さな呻き声を上げた、諒一の言葉に素早く反応した結城は

「氷川さん、大丈夫ですか? どこか痛めましたか?」

氷川を抱き上げて、真剣な表情で問いかけていた。

結城の姿を目にした深津は、チェッと舌打ちて氷川に駆け寄った。

「氷川DR、大丈夫ですか?痛みのある所は?」

深津DRの問いに

「足に少し痛みが、軽く捻ったのかもしれません」

気にする様子も無く答えた諒一の傍から

「ではこのまま、僕が病室まで氷川さんをお連れしましょう」

結城が、透かさずその絶好のポジションを掌中にしていた。

「そうですが・・・ではお願いします。薫くんも病室に行く途中の様ですし、僕もこ

のままお付き合いしましょう。氷川DR、病室に着いたら足の診察をしますよ」

深津DRが、含みのある表情で氷川に語りかけていた。

病室に辿り着いた、御一行は・・・と言うと。

結城に、病室まで抱き抱えられて連れてこられた諒一は、ベッドの上で深津DRに足

首を見てもらっていた。

「軽い捻挫の様ですね。胸の方は如何ですか? 転んだ時に打ち身なんて感じませんでしたか、一応念の為、触診しますから前を開いて下さい」

主治医に言われれば、反論も出来ず、諒一は胸の傷痕を露にしていた。

 

 

その頃、病院内では!

マッハの速さで噂話が、狂喜乱舞していたのだった。

その噂話とは・・・・

医事課の薫くんが、噂の深津DRと、深津DRにも引けを取らない見目麗しい男性との三角関係の縺れから口論となり、薫くんが、突き飛ばされて負傷して、美形男性が抱き抱えて特別室の方へと、連れ去ったと言う実しやかな噂話であった。

姦しく噂話に花を咲かせている、ナースステーションの側を、通り過ぎようとしていた芝DRは、『薫くん』『深津DR』『三角関係』との言葉を聞きかじって、ナースステーションに詰め寄った。

「それは、一体何のお話ですか?」

珍しく取り乱している芝DRを見上げながら・・・一番近くにいたナースが

「さっき、外科の診察室前の廊下で、深津DRと、それにも勝る美形の男性とで、薫君の奪い合いがあって、それを止めに入った薫くんが負傷して、美形男性に抱き抱えられて、特別室の方へ連れ去られた。と言う最新の噂話ですけど・・・」

不安げな表情で答えてくれたナースを横目に

ナースステーションの奥の方では、

「キャ〜ぁ!お姫様抱っこ!」

「そうなのよ、物凄い美形の男性だったらしいわよ!」

「薫くん、羨ましいな。深津DRとも噂になっていたし」

「そうね、どちらが本命なのかしら?」

芝DRには、耐えられない様な噂話が飛び交っていた。

すぐさま踵を返して、薫を探しに駆け出したのは勿論の事だが、芝DRの頭のなかでは『連れ去られた』が『連れ込まれた』に
変換されていたようである・・・・












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