予定どうり仕事が無事終わり、家に帰るだけとなった岩城は、何となく浮かない顔を鏡に
映っている、自分の顔に、苦笑いを浮かべた。
何時もは、早く帰って寛ぎたいとか、香藤の顔を早くみたい等と思う岩城だが今回は・・・
一方、香藤は、何時帰って来るのかと、待ち構えていた。
今日、遅くともお昼前ぐらいには着くはずと、時間の計算をして、お昼のお弁当の用意をしていた。
暫くすると、門の前に車が止まると、後ろのドアから岩城が降りるところに香藤からの声が、
「岩城さん、お帰り、お疲れ様。 清水さんもお疲れ様でした。」と元気な声で挨拶をする
香藤に、岩城よりも先に清水が返事をした。
「香藤さん、お気遣いありがとうございます。」
二人の会話を耳にして、やっと声を出した岩城だった。
「あっ、ただいま、香藤・・・」
香藤が家に居る時で、手が空いていたら必ず出迎えるのが、今日の香藤の顔は・・・・・
何時もより、にこにことして出迎えてくれたコとにいささか岩城の気持ちが少しだけ重くなった。
そんな岩城の気持ちもわからないでいた、香藤である。
清水の車が見えなくなるまで、見送ってから家に入った。
リビングでは、香藤がせわしなく動いていた。
それを岩城は何をするわけでもなくただ、香藤の動きを目で何となく追っていた。
その視線に、香藤は首を傾げながら岩城の側まできて、
「何?、岩城さん、どうしたの?、眉間に盾皺作って・・・・」
「?・・・、皺?、俺そんな顔してたのか?」
「ふぅー、もー岩城さん! 俺がこの前言った事気にしているの?
何も、俺は岩城さんと一緒に、桜を見に行くのを楽しみにしていただけだよ!
岩城さんたら、また何か色んな事を思っていたのでしょう?」
図星を指されて少し焦る岩城の表情がまた香藤をその気にさせるのには、充分なことだが
ここは、ぐっと堪えて、我慢をする香藤である。
その言葉に安心したのか岩城は、
「何か手伝おうか?、桜見に行くんなら・・・・」
「うんん、もう、準備は出来ているから、一応忘れ物は無いはずだからね」
「そうか、何も手伝わなくって、悪かったな」
「気にしないで、俺の無理を聞いてくれるだけで、嬉しいからね。
岩城さん、あっそうだ、車に乗ったら暫く寝てもいいからね」
都会から離れて、静かな人里離れた山間には、今、正に咲き乱れる桜に二人は言葉も無く眺めていた。
平日と昼下がりで、人は誰も居なかった、まるでここは二人の為に用意された感じだった。
桜の花びらの舞い散る中で・・・・・香藤は、ふっと「冬の蝉」での秋月が雪の舞堕ちる
下で、自害したシーンを思い出し、側に居る岩城の手を強く握り締めた。
握り締めた岩城の掌が温もりがある事に安心した。
アレは映画の撮影で、と解っているが・・・・時々切なくなる。
役者生命を賭けた、香藤の思いは・・・側に居る者さえ伝わってきた。
撮影が終わっても、香藤は、愛する者が先に死ぬ事に恐れを抱いていた。
いつかは、必ず訪れる「死」を誰よりも香藤は強く思って、撮影が終わってから、岩城を何度も
この腕に抱いた、岩城も何かを感じて香藤に身を心を(魂を)一つに合わせ香藤に任せた。
そんな気持ちを起こさせるほどに、桜が舞い落ちていた。
何時の間にか、二人の唇が重なり合っていた、絡み合う舌は二人の口腔内を行き来する。
息の継ぐのも忘れたように・・・ぴちゃぴちゃとふたりの顎に溢れた唾液もそのままに・・・・
酸欠状態で、頭がぐらぐらしだして、やっと離れた。
香藤から触れられた唇を払いのけることなく受け入れた、岩城の顔はもう頬を染め、潤んだ
煌く黒真珠の瞳に、香藤の輝く琥珀色した瞳が映るのをしばし覗き込んでいた、香藤。
「ねえ、岩城さん」と甘だるい声音に香藤の次の言葉が解って、岩城も背中に駆け上がる震えを感じていた。
先ほど地面に広げたシートに先に膝を崩した岩城が座り込んだ。
「岩城さん、キスだけでまいちゃうなんて・・・・ほんと、かわいい」
「っ・・・・バカ・・・」と頬を僅かに染めて言う岩城の姿が、余計に香藤をその気にさせるのには、充分なのだと、
岩城は気付かない。
「もーーう、岩城さん、俺、キスだけで止めておこうと思ったけど・・・・無理みたい」
「どうして、そうなるんだ?・・・・いくら平日でも、誰が来るか解らないのに・・・・」
「誰も、来ないよここは、だって、この場所は佐和さんの山だから、安心して。」
「佐和さん?・・・何で?」
「種明かしすると、岩城さんが、仕事に出かけてから、電話したんだ、どこかで静かで
誰も来ないで桜が見える所何かを知りませんかって聞いたんだ。
そしたらここを教えて貰ったわけなの・・・・だから、安心してね」
「いくら、人が来ないからって・・・・」
「岩城さん?、忘れたの、北海道の林の中でのことを・・・」
香藤の言葉に岩城は固まった、あの時は、休憩が入って香藤と一緒に林の中で致した事を
思い出した、岩城は・・・・あの時も・・・・と思い返していたら、香藤が、
「あの時よりも、危なくはないよ」と言った、確かにふたりで林の中に・・・探索と称して香藤と歩いて行った。
香藤に言われて、はっとした岩城であった。
「もー、せっかくの、甘いムードが・・・台無しジャン・・・・」と言われても、岩城は何も言えないまま、香藤の
顔を見詰めていた。その瞳は、戸惑いと少しだけの不安が瞳の奥で揺らいでいた。
「岩城さん、寒くない?」と言いながら岩城の肩を抱き寄せ、俯き加減の岩城の顎に指を添えて、岩城の顔を
上に向かせて、唇を押し当てた。
2006/4/28
とても短いですが取り合えずここまで出来ましたので、続きは此下に書いていくつもりです。
すみません。誤字脱字があるかも・・・何時もの事だけど、此下に続ける時に気が付いたら、訂正し
ておきます。
つづく
そして,夜桜・・・