「そろそろ行こうか〜?」

白いシャツに黒のスラックスと言うラフな格好の清和に声をかけられた 諒一は、

対照的に明るい色のスーツを身に纏い、緊張した面持ちで奥の方から顔を覗かせた。

「清和くん この格好可笑しくない?」

首を傾げながら尋ねる諒一に

「とても良く〜お似合いです」

ポーカーフェイスで答えながら清和は、諒一との出会いを 思い出していた・・・

 

最初の出会いは、清和が まだ幼児だった頃に遡る 

 

いつもお腹を空かせ母親のヒモに虐待されていた清和を やさしい瞳で見つめ続け・・・ 親である事を 放棄している様な母親に成り代わり 世の中を生き抜いて行く上で、最低限必要な常識を 教えてくれたのが諒一であり その頃からの・・・ 清和の心の支えでもあった!

たとえ 八歳の頃に養父母の許に引き取られ諒一に会う事も無くなってしまっていても・・・・

 

次に、再会したのが 先日 諒一の勤め先の明和病院での出来事だった。

 

不意に訪れた病院で偶然の再会に 目を疑った!清和だった・・・

諒一が医者になっているのは 風の便りで知ってはいたが、

今は、極道の身の自分が 一人前の医者となって 別の世界で暮らしている諒一に会う積もりは、全く無かった・・・・ 

 

偶然の再会を 人違いで押し通した清和に対し

指定暴力団 眞鍋組の総本部まで乗り込んで会いに来たのは、諒一の方だった

 

二度目は 自分の身を切り裂く思いで・・・

「人違いだ、俺の前にその面を二度と出すな!」

「いいな・・・俺は先生とは会った事はない。人違いだ!」

「死にたくなきゃ、眞鍋のシマに二度と近寄るんじゃねえっ!」

清和は 言い放ち 諒一の頬に問答無用の強烈な平手打ちを食らわし 地面に這いつくばった諒一に あまつさえ

「二度とくるなっ!」と言い

バケツの水を顔面にブッカケて追い返したのだった・・・・ 

 

それでも懲りずに 諒一は、 清和に会う為にやって来た!

 

三度目は 組の内輪話を 聞かれてしまい・・・・

諒一は 組の為に 違法手術をして組に、手を貸すか 

または・・・石を抱いて〜東京湾に沈むかの二者選一に迫られた!

その時 諒一は実に、あっさりと東京湾に沈む事を選択した。

 

そして、ただ・・・一言

 

「清和くんを ヤクザの世界から 開放して こんなところに 置いてはおけない」銃口を 押し付けている男に 怯む事無く訴えた!

眞鍋組の ナンバー2である橘高正宗に脅されて、一歩も引かなかった素人など 今まで 一人も居なかったのだ。

自分の身の事は爪の先も心配しないで・・・

ただ、ただ清和のことだけを訴え続ける 諒一が そこにいた!

 

もとから惚れ込んでいる相手が 海に沈む・・・・

そんな事は 何があってもさせられない! させたくはない!

だが 今、目の前で! 好きで好きで仕方のない諒一が 東京湾に沈む事を 心に決めて 清和の身の上だけを心配して!訴えて続けている・・・

 

極道の世界に足を踏み入れさせたくはなかった! 

関わらせたくは無かったのだ!

けれど大好きな諒一が海の藻屑となるのならば・・・

俺が、その命貰っても構わないのではないだろうか・・・?

 

出来るなら

 俺の側で、ずっと俺を見ていて欲しいと、清和は懇願した。

 

そして

「清和さん・・・この後始末は任せます!」

橘高正宗の言葉に 清和の腹は決まった!

 

「氷川諒一・・・俺の女房にします。」と、

清和はその場で言い放ったのだ。

海千山千の橘高でも そんな言葉が出るとは思ってもいなかったのだろう

「清和さん、その先生はメガネを取ったら美人だろう。客の隣に座るだけで5万は取れる極上品だが、俺にはその先生が男に見える!」

驚きながらも切り替えしてきた橘高に

「カシラ(橘高)と本家の姐さん、子供生まなかったじゃないですか。 子供生まなきゃ男も女も変わらないでしょう!」

清和は、しらっとした面持ちで言い切った。

「組長が 黒いカラスを 白と言ったらカラスは白・・・次期組長のお言葉に異論はない!」

橘高が 不敵な笑みで答えた。

 

その瞬間に 氷川諒一の運命は大きく変わったのだ。

 

攫う様に、眞鍋第3ビルの最上階のこの部屋に連れてきて 帰る事も許さず ここに住むことを強要したのがつい先日・・・ 愛しい人との運命に翻弄された出会いを満喫している清和であった。

 

「もう直ぐ ショウが迎えに来る時間だ!」

「えーーー もうそんな時間なの〜?」

「早く行かないと・・・ショウくん 待たせてしまう!」

急に、あたふたし始めた諒一に

「先生 そんなに焦らなくてもショウは逃げません!」

「でも待たせるのも悪いから・・・」

諒一は、答えると もう一度 自分の姿を確認して 逞しい清和の背中の後について部屋を出た。

 

清和は既に 車をビルの玄関前に止めていたショウと挨拶を交わすと 諒一と二人揃って車の後部座席へ乗り込んだ。

車は ゆっくりと滑り出す。 清和はゆったりと座席でくつろいでいるが、諒一の緊張はますばかりで 既に顔の色はなく・・・ 

車の運転をしているショウが

「先生、どこかお身体の具合でも悪いのではないですか〜?」と

尋ねた程だった。

と言うのも、今日、二人揃って出かける先は清和の養父母の家に事後承諾だが 結婚の挨拶に出向くところなのだ。

養父である 橘高正宗とは清和が「氷川諒一、俺の女房にします。」と 発言した時その場に居たので面識はあるのだが、養母に会うのは、初めてなので・・・諒一は並々ならぬ緊張に苛まれていたのである。

 

車は閑静な住宅街の中にある 瀟洒な一戸建ての前で停まり・・・

二言、三言何かを 言いつけて清和は車を降りた。

 そして、優しいバリトンで囁くように・・・

「先生〜そんなに緊張しなくても良いですよ!」

「ごく普通のオフクロです!」

諒一に話しかけながら 車から緊張で動けなくなっていた体を包みこむように手を差し延べて、車から降ろすと

それを、待っていたかのように ショウは清和に

「お帰りの時は、連絡をして下さい」と言い残し深々と頭を下げると 瞬時に乗り込み車を発進させた。

 後に残った二人は しばらくの間 形の良い楓の樹を見上げながら その場に佇んでいた。しかし 何時までもそうしている訳にもいかず 意を決っして門の中へと足を踏み入れたとたん 諒一の目に映ったものは・・・・

 先程 見上げていた楓の樹の他にも色鮮やかな植物が植えられえた美しい庭がありその植物たちに 勇気付けられるように諒一の緊張も弱まり 

いつもの優しい笑みを清和に向けて

「行こうか〜?」と声をかけ、玄関の方へと歩き始めた。

 

「こんにちは!」

声を掛けると奥の方から パタパタとスリッパの音を立てながら出て来た 目鼻立ちのはっきりした派手な面立ちの女性が・・・・

清和の顔を見ると瞬時に 優しい母親の顔になり・・・・

「清和くん、いらっしゃい〜!」

「良く来てくれたわね〜!」

とても〜嬉しそうに声をかけながら 側に立っている 諒一に不思議そうな眼差しを

向けていた。

それは〜! そうだろう〜! 

眞鍋組の次期組長の側に立つには余りにも、一般市民で・・・・

橘高清和の側に立つには歳が離れすぎていた。

じゃぁ〜〜〜 この人は いったい何者なの・・・?

と考えるのも無理のないことだと、諒一はその訝しげな眼差しを甘んじて受け止めていた

 

二人してリビングに通され 養母 典子の入れてくれたお茶を前に

清和が開口一番!

 

「オフクロ この人が 俺の 女房だ!」と一言で言い放った。

 

その瞬間!

諒一はカァッと可哀想なほど頬を真っ赤に染め下を向いてしまい・・・

典子は驚き声を失い ただ、ただその場に立ち尽くしていた・・・・

 

そして、

「清和くん、私には・・・その方が男性にみえるんだけど?」

必死に声を 振り絞って発した言葉は、母親としての戸惑いの声だった・・・

その時になって やっと、この関係が一般的な間柄ではなかった事を思い出した諒一は 目の前で清和の発した言葉に戸惑っている典子を見つめながら・・・

容姿端麗・頭脳明晰だが少し人とはかけ離れた思考回路の持ち主である諒一は 浮世離れした頭脳をフル回転させ 清和の今後の幸せを考え始めていた・・・

 

そう、清和とのでは無く、清和のという所が 実に、諒一らしいのだが・・・

 

諒一は施設で育ち、後に 氷川総合病院の跡取りとして氷川の家に引き取られはしたが母親の愛情を知らずに育った・・・・

諒一は、そんな自分とは違い!

清和が、養母 典子に 無償の愛情を注いで育てられた事をこの時に 感じたのだ!

諒一にとって、母親の愛情は 欲して! 欲して! 欲し続けたが、注がれる事は一度も無かった。それ故に憧れ続けたものだ!

だからこそ、母親の愛を神聖なものとして受け止める諒一には、典子を 悲しませる事は絶対に出来なかった。

諒一が今、目の前で清和の幸福を願ってやまない典子の気持ちに答えてやれる事は、だたひとつ・・・

 

僕が、清和くんの側に居てはいけないのだ。

やはり、清和くんには 可愛い女性が似合うのだ。

清和くんの幸せのためには・・・僕は消えなくてはならないのだ。

導き出された答えがこのような極端なものでもコレが、氷川諒一の思考回路なのだから仕方が無い、としか言いようがない。

けれど清和の側に可愛い女性が立つのを見るのは 身を引き裂かれるよりも辛いと感じる諒一もまた 確かに存在しているのだ。

だが そんな気持ちを振り切って慌てて立ち上がった諒一は、涙が零れそうになるのを必死に堪えながら・・・

「先程の、清和くんの一言は冗談ですよ〜!」と微笑みながら・・・

「真剣に考え込まないで下さいね!」

「僕は、唯の友達ですよ。」

「近い将来、本当の可愛いお嫁さんを紹介してくれますよ。」

それだけを 一方的に母 典子に伝えると深々と典子に頭を下げ踵を帰してリビングを出て行こうとドアを開け前も見ずに足を踏み出した。

その瞬間、何かに弾き返さるのと同時に後ろから伸びてきた力強い手に腕を掴まれていた。

 諒一がぶつかったものは この家の主 橘高正宗だと解かった。

でも、それでもその側をすり抜けて出て行こうとする諒一の腕を掴みながら!

清和は!

「どう言う事だ! 今日、ここに伺うに理由と相手の事すべて話は、通して合った筈だ! 此処に、足を運んだのは! 女房の顔を見せてやりたかったからだ!」

般若のような形相で叱責する清和に 正宗は唇の片方を上げたいつもの不適な笑みで答え 側を通り過ぎようともがいている諒一に!

「姐さん、もう一度 中に入って下さい」と声を掛けたが・・・ 

自分を消してしまう事しか脳裏にない諒一に届く事は無かった。

無表情のまま これから取る行動のみに全神経を集中させている諒一が そこに居た!

そんな 諒一の様子に 正宗は

「姐さん、失礼します。」

一言声を掛け、その華奢な身体を抱き上げて無理矢理 リビングの中に押し戻した。

そして大きなソファーに抱きかかえたまま 座り込んだ正宗は腕の中で足掻いている諒一の顔を見ながら!

「典子、可愛い嫁さんだろうが〜!」

「顔なんか 日本人形みたいなベッピンだろう?」

諒一を放そうとしない正宗に 清和は刺すような視線を向けていたが その視線を 何食わぬ顔で受け止めながら、正宗が鷹揚にのたまった。

「じゃ〜本当に この方が!清和くんのお嫁さんなのね!

それなら 最初から〜話しておいて欲しかったわ〜!

そうすれば 驚かなくて済んだのに〜!」

「だから、今日 可愛い嫁さん連れて挨拶に来るって言ってあっただろうが!」

「だって、可愛い〜って言うから・・・私、女の子だと思っていたのよ〜!

前もって、話しておいてくれても構わないのに!」

典子は正宗に訴えていた。

この人に罪は無い・・・《嫁と、聞いて男性を連想する人は、まず・・・居ないだろう!・・・》でも・・・『可愛い女の子だと思っていたのよ〜!』 との ひと言で 地獄の底に突き落とされた気分になっている諒一だった。

お願いだから、可愛い女の子を迎えるためにも、早く〜僕を放してくれ! 

そうすれば 綺麗サッパリ〜消えてあげるから!

こんな命なんか要らない・・・消えてあげるから!

二度と 目の前に現れないから・・・・だから、早く放せ〜!

諒一は心の中で訴え続けていた・・・・

清和の邪魔になるのなら・・・今すぐに、東京湾に沈むから!

 

そんな諒一の心の叫びなんか知る由もない 正宗と典子は

「なぁ〜典子、 自分が惚れ込んだお人と一緒になるのが〜!一番の幸せだとは思わないか〜?」

「そして、その相手も、命をかけてまで自分を思っていてくれる幸せを 手に入れたくはないか〜?」

「この姐さんは、清和さんが惚れ抜いているお人だ!」

「それに、この姐さんも 命を懸けて清和さんを愛して下さっている!」

こんな幸福な事は、他に無いと思うんだが、と説明された典子の懐は広かった! 

その瞬間に諒一を、清和の可愛い嫁として認めたのだ。

性別なんか関係ない!清和くんを 大切にしてくれるのなら! と、

寛大な母の愛で この事実を快く受け止めたのだった。

さすが、海千山千の若頭 橘高正宗を支え続けて来た女房だ。

「まぁ〜そうなの!惚れ抜いた方がいたの それがこの人なのね。良かったわね清和くん〜!」

「そんな相手と一緒になれるなんて〜! なんて幸運なの!」

「本当に綺麗な顔をした人ね!」

ポンポンと典子は、言葉を続ける、それに答えて 正宗が、

「良いのは、顔だけじゃく 頭もだ!

明和総合病院の 先生だ!」

「まぁ〜、お医者様なの?」

「そうだ〜、家でゆっくりすれば良いと清和さんが仰っているのに この姐さん、清和さんになにか遭った時 自分はソープに沈む事は出来ないからと 医者を続けるんだそうだ〜!」

さも楽しそうに典子に語った・・・・そして、余りにも 余裕無く、こちらを威嚇している清和を 挑発するかのように、諒一の頬に 優しいキスを 落としたのだった。

「ホント〜なんて素敵なお人なんでしょう!」

「ご自分の事より 清和くんが大切なんて・・・・」

正宗と典子が 声を弾ませている時!

自分の行く末を思い描き考え込んでいた諒一は、頬に 何か? 触れた感触に ふと我に帰えり!

今、自分に 何が起こったのか? 考え始めていた しばしの時間が経過した後、諒一は やっと、頬にキスされた事に気付いたのだ! 突然の出来事に あたふたと 周りを見渡した、 諒一の目に飛び込んで来たモノは・・・・剣呑な瞳をして射殺す様に こちらを見据えている清和の姿だった!

『ちょっと・・・ちょっと待ってぇ!』

『じゃぁ〜今、僕を抱きしめているのは・・・誰〜???』

恐る恐る振り返って見ると・・・眉間に傷のある正宗に抱きかかえられていた! 

驚いて! 反射的に立ち上がると、可笑しそうに正宗は声を上げて笑い出した!

清和は、すぐさま!立ち上がったままで唖然としている諒一を自分の腕の中に抱き締めたのだ!

その様子を傍らで見つめていた 正宗と典子は本当に幸せそうな清和の事を

心より祝福していた・・・

眞鍋組の次期組長としてではなく・・・息子!橘高清和の幸せを・・・・

「さ〜ぁ、食事にしましょうか〜?」

「清和くんが、来ると聞いていたから 用意は出来ているのよ!」

「諒一さん、 沢山食べて下さいね!」

典子に、声をかけられた諒一は・・・・

「え〜〜〜、僕も頂いて良いんですか〜? 僕、女性でもないし まして可愛いとは言えないし・・・ 清和くんには、可愛いお嫁さんが・・・お似合いなのでは?」

諒一の言葉に 典子は目をまるくした・・・

「なに言っているの!清和くんのお嫁さんはあなた以外に考えられないわ! これから〜楽しくやっていきましょうね、 嫁と姑としてね!」

何が あったのか・・・自分の考え事に意識を向けていた間に 何故か・・・・

僕が、清和くんの、嫁として認められている・・・?

不思議に思いつつも、常識では考えられない、諒一の思考回路は 考え込むこともなく この状況を 深く追究する事もしなかった・・・・

典子に二人の仲を認めて貰えて、本当に〜嬉しそうに息子達は微笑んだ。






Wedding ring