七夕

七夕


バタバタと玄関を駆け上がりながら、大きな声で名前を呼ぶ。

「唯今、岩城さん・・・・?」

今の時間なら、このリビングで寛いで居る筈の岩城が居ない。

腕時計に眼をやると、帰るコールをしてから既に3時間が経っている・・・・岩城にメールを送ってから、

急様な事が起こり、足止めを食ったのだった、其の儘、連絡も出来なかった。

「二階に居るのかな・・・・」

呟きながら、香藤は二階に上がった。




岩城の自室のドアに軽くノックをしてみるが、返事が無い・・・もう・・・と愚痴りながら寝室に向う。

寝室のベッドで本でも読んでいるのかと・・・・何処にも居ない・・・ベランダのカーテンとガラス戸が

大きく開いて、其処から、今の時期独特の風が流れ込んでいる、少し湿気の帯びた空気が・・・・

ベランダの木製のロングチェアで岩城は本を胸の上に置いて眼を閉じていた。

香藤はそっと、岩城の寝顔を覗き見する。長い睫が彩る切れ長の二重の瞳、其処に影を落としている。

整った鼻梁、艶やかな黒髪、ワイシャツの胸元から見える岩城の肌は、抜けるように白い肌と艶麗な美貌。

眼を開けば其処には、深い深海様な、または真冬の夜空に煌く星の光を宿した黒い瞳、薄紅色した唇、端整顔立ち。

何時までも観ていても飽きない・・・・。


香藤は岩城の側に寄り風に靡いている艶やかな髪にそっと触れる。

岩城は僅かに温かい温度を感じて瞬きをする、近づいた香藤の体温の温もりを感じ取ったのか、身じろぎだす。

「・・・うっ・・・ん・・・」

「こんな所で転寝するなんて、らしくないね。」

「えっ・・・転寝・・・していた?・・・」

まだ少し目覚め切っていない頭では、判断しかねていたが、先ほどまで明るかったはずの外が暗くなっていた。

確かに寝てしまった事を確実に告げる。

「此の所お互い忙しかったからね、俺何て一昨日は徹夜で・・・あっ、岩城さんも徹夜明けだったよね確か・・・」

「ああ、お前と入れ違いだった」

「そうだったね。」

「・・・お前、晩御飯は?済んだのか?」

「俺は、適当に出された弁当を食べたけど、岩城さんは、済んだの」

「何か、お腹空かなくって・・・」

「もうー・・・」と云いながら横に置いてある缶ビールに気が付いた香藤は、「ビールでお腹誤魔化したの?」

「そんなこと無い・・・珈琲でも良かったんだけど・・・」と云う罰の悪そうな岩城の顔を見て、香藤はふうーと息を吐いて、

「リビングに行こう、岩城さん、胃に優しい物作るからね」





「はい、岩城さん、出来たよ」

テーブルに置かれた温野菜を載せたサラダパスタと卵スープがほかほかと湯気を立てている。

「すまん・・・早く帰ってきた俺が、作って・・・・」と言い出した岩城に香藤は、

「何云ってるの、疲れたときは、お互い様なんだからね、気にしないで、俺、作るの嫌いじゃないし、岩城さんが、美味しそうに食べて
くれるのが嬉しいんだから」

「こうして、二人揃っての晩御飯何て本当に久し振りだな」と岩城はしみじみと云う。

「そうだね、俺の誕生の時以来だね」

「お前、良く覚えているな・・・」と感心する岩城である。

「あっ、岩城さん、後で、短冊に何を書く?」

「短冊?・・・・」

「そう、短冊、今日ロケで行った所に真竹が沢山在ったんだ、其処で竹貰ってきたんだ、玄関に置いているから・・・」

「貰って来たって・・・香藤、誰に断ったんだ?・・・・」

「誰って・・・・竹やぶに向って下さいって、云ったさ!」

「香藤それって・・・勝手に取ってきたと普通は云うのでは、ないのか?」

「そうとも、云う・・・かも。竹一本取って来た訳じゃないんだよ、枝の部分を切って来ただけだもん!」

「意地悪云って悪かった・・・俺も小さい頃、兄貴に頼んで、竹やぶに連れて行って貰った事があるから・・・
学校で作った事あるんだ・・・笹を学校に持って行って、図工の時間に短冊や飾り物作った事がある」

「あっ、俺も思い出した、小学校の低学年の時とか、幼稚園の頃だね。・・・笹持ってた事思い出した」

「だから、帰りに、折り紙も買ってきたんだ・・・岩城さんと一緒に作ろうと想ってさ」






「岩城さん覚える・・折り紙を、三角に折って・・・確か・・・右端と左端しから交互に切って行ったよね」

「ああ、三角に二回折ってから、鋏で切った、様な気がするど」

「何か子供時代にかえった感じだね・・・リングも作ったね」

「リングは簡単だからなっ」

ふたりは子供みたいに飾りを作っていた。

そんな時、香藤から織姫と彦星の話が出た。

「ねえ、もし俺と岩城さんと一年間離れて暮らす事に成ったとしら・・・・きっと気が狂うかも」

「ああ、一年に一日だけの逢瀬・・・・そして離れて暮らす・・・・俺も独りに成ったら・・・寂しさで、気が

変になるかも・・・・でも、お前は何か有ると、直ぐにこの家を出て一人で・・・何でも決めていく・・・・」

岩城の言葉が弱くなった、事に気付いた香藤は、苦笑いをしながら岩城の肩にそっと腕を伸ばして

愛しそうに抱き寄せ岩城の耳元で囁く様に話す。

「俺は、岩城さんという大切な人が必ず俺を見ていてくれると信じてるから、俺は強く慣れるんだよ

俺に何が起こっても、岩城さんなら、俺の気持ちを一番に解ってくれるから・・・安心して、

俺の遣りたい様に指せてくれる、俺を信じてくれる岩城さんだから、俺は安心して答えを導き出せる

例え間違た答えを出しても・・・・後悔の無い様にと・・・岩城さんならさせてくれると信じてるから・・・」

「・・・ああ、そうだったな・・・冬蝉のオーディーション時、冬蝉の撮影が終わった後・・・何でも独りで決めて・・・・」

少し寂しそうに云った岩城の顔が俯くと香藤は、もう一度強く抱締めながら云った。

「ご免・・・・でも・・・」

岩城も抱締められている、香藤の胸の温かと強さに、改めて、お互いの存在感の大切さが解っているから

余計に募る思いも有るのだと。

「解ってる・・・から・・同じ役者として、人間として、何かを掴みたいと・・・・この仕事を遣っていて・・・不安との戦いだから・・・
少しでも色んな経験を積んで大きく成りたいと・・・想うのは、俺も同じだから・・・役者として何時までも必要とされたいから・・・
もがいて、苦しんで、必死に成って、前に前にと進でいけるのだと・・・」

「うん、そうだよ、岩城さんが居るから、勝つとか負けるとかではないけど、何時まででも必要とされる存在でいたから・・・
そして、掛替えのない、俺たちの生きていく仕事場所だから・・・・輝き続ける為に必要な物は掴んでいきたいから・・・
もし、最後に何も残らなくっても・・・・岩城さんだけは・・・俺の側に居てくれるから・・・だから、離れていても、
気持ちが通じてると信じてるから、俺は、安心して、俺の想った事が出来る・・・ね、岩城さんもそうでしよ」

「あぁ・・・」





先ほどリビングで話してた事胸に抱きつつも気分を一転させるために、ふたりで飾り付けた笹をベランダに取り付けた。



岩城と香藤は、ベランダに凭れ、夜空を見ながら、懐かしい子供時代に思いを馳せる。

暫し無言の時間が過ぎていく、側には愛しい人が居るだけで、心が温かくなる。

そんな、静かに時間を過すのも、悪くないと、香藤は想った、きっと側にいる岩城も。

本当に、この一ヶ月近くゆっくり出来なかったから・・・・ふたりは無言のまま夜風に身を任せていた。

ぽそっと岩城は云った。

「今夜は、こんなにい天気が良いから、彦星と織姫が、朝が来るまで積る話をしてるかもな・・・
わし座、アルタイル彦星,牛かい星とこと座亦は(ベガ)七夕の織姫星・・・・・」

「星に纏わる伝説・・・アルタイルはギリシア神話に出てくるね、大神ゼウスが酒盛りを催すとき、杯をささげる小姓役にとトロイアの
美少年ガニメデスをさらってきたときに変身した鷲の姿とだとか云われているらしいね」

香藤に説明に、岩城は感心したように云った。

「お前良く知ってるな・・・俺も子供の頃読んだ記憶があるような・・・」

「昔、子供の頃読んだ事が、あっただけよ岩城さん」

ふたりでもう一度、夜空を見詰めた。



香藤は優しい笑顔で岩城に部屋に入る様に声を掛けた。

「そろそろ、部屋に入ろね。岩城さん」

「あぁ・・・」



ベランダに置かれた笹か飾りは夜風に揺られいた、短冊に書かれた文字は。

『何時までも、健康で有ります様に』

『命の続く限り岩城さんを放さない、愛しています何時までも』



2006/7/3   

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